★ 各種講演会・自由学校「講座」

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【12月市民講演会】どっちが本物のメディアか!
           ― 森友学園問題は終わっていない ―

 ―12.22 相澤冬樹(あいざわふゆき)さん
                     (大阪日日新聞記者・元NHK記者)―

 今年一年「モリカケ問題」「忖度」として行政の歪みを指摘されてきた森友問題を現場から追及してきたNHK記者・相澤冬樹さんをゲストに迎え市民講演会を行った。会場は満席の状態で、この問題の関心の高さをうかがわせた。
 相澤さんはこの問題がさも被疑者となっている籠池さんが核心のように報道されているが、実は本心は「国」と「大阪府」にあることを指摘し、この問題の根の深さを報告された。(森友学園に関する要旨)

森友事件の本質は「国」と「大阪府」だ
Photo  森友学園問題では、森友学園ではなく、国と大阪府が「とんでもないこと」をやらかした。これがこの本質だ。
 この事件の舞台は森友学園で主人公は籠池園長だ。運営している幼稚園で、子供たちに教育勅語を歌わせたりしていたのだが、森友学園は、小学校は運営していないので、子供たちは、他の学校に行ってしまう。籠池園長は「教育勅語をやっと覚えたのに」と非常に残念で、小学校を作りたかった。それで大阪府に小学校の新設を申請した。
 ところが、大阪府の私学審議会で、森友学園の財政基盤が問題になった。森友学園は、財源はなく、小学校の土地、教員も確保しておらず、認可が保留された。ところがその時に、大阪府の私学審議会の事務方が、「開校予定が決まっていて認可しないと間に合わない」と言い、一か月後の臨時審議会で、条件付きで認可された。なぜか、役人がそこまでして、認可させた。

近畿財務局の土地取引の事実。事実上背任ではないか
 次は国側の問題。森友学園は財源がないので、学園側は国有地を借りるつもりだったのだが、紆余曲折があって、9億円の土地を1億円で買った。その理由は、ゴミの撤去費用。ところが、籠池さんは、ゴミを撤去していないと認めている。でも小学校は建っている。
 国の役人が行政のルールを捻じ曲げて土地を安く売ったのだ。
 一方で、籠池さんが強引に値引きを迫ったというが、近畿財務局は、最初に鑑定価格を出したら最後、そこからはピタ一門、一切交渉の余地はないという。
 ところが、過あの土地を過去、大阪音楽大学が買い取りを希望していて、5億円を提示したのに売らなかった場所。近畿財務局はその土地を、ゴミがあるからと1億円で売ったのである。

問題発覚後、手のひらを反す関係者
Photo  大阪音楽大学の時はなかったゴミの理屈が、森友学園の場合、急に出てきた。実は、近畿財務局は、森友学園側の「上限」額を聞き出している。この上限が、「1億6000万円」なのに、納めたのは1億3400万円。
 そもそも国有地の分割払いは認められていないのに、1-年の分割払いの提案まであった。どこまで便宜をはかっているのか。
 もともと賃貸では年2700万円。でも1億3400万円を10年の分割払いだと、1年間1340万円で負担は半額である。鴨池さんが言った「神風」とは、このことだったのである。
 普通こういう時には、贈収賄が絡むのだが、ここでは絡んでいない。また、大阪地検特捜部も動いていない。つまり、安倍首相は、籠池さんの教育方針を素晴らしといっており、あの教育を小学校でやらせたかった。そして、あの学校に続く学校も作っていく。つまり「パイロット版」にしたかったのではないか。
 ところが、問題が発覚した途端に、安倍首相も昭恵夫人も手のひらを反したように、森友学園と籠池理事長を切り捨ててしまった。そして、小学校を諦めたのだろう。この真相究明はこれからの課題だ。



【2月市民講演会】「あの松本サリン事件から考える」
           〜 被害者でありながら犯人∴オいに 〜

 ―2.3 河野義行(こうのよしゆき)さん(松本サリン事件被害者)―

 今から25年前(1994年6月27日)の夜半、松本市内で突然7人が死亡、600名余の人が倒れた。その1年後、ようやくオウム真理教のメンバーが猛毒のサリンを散布したことがわかった。その間警察はその近辺で家族が亡くなった自宅(河野家)をしらべ、河野義行さんを犯人と推定し自白の強要と事情聴取をした。
 今回は「松本サリン事件」の生々しい現実を本人から語り、さらに24年後これらの事件に関わった13名のオウム真理教信者の犯人13名が死刑に処せせられたことを踏まえ、河野さん、弁護士、死刑囚と関わった住職らが「死刑制度」とは何かについて語った。(以下要約)

一晩で殺人鬼呼ばわりに
Photo  27日夜10時半頃に犬がやたら泣き吠え、そのうちに妻が心肺停止状態で倒れ、救急車を手配した。河野さんが疑惑の対象になった背景は、警察からみて@救急車が来るまでの間、妻の介抱の仕方が「普通なら倒れた人のそばにいるのに、河野さんは玄関で救急車が来るのを待っていた」、A物置に薬品が多くあった。(写真の現像液など)、B若いころの仕事の際、薬品会社に勤めていた、などが主要な要因だった。
 警察の見立ては薬品散布による「シアン化合物(青酸カリ)」だったが、倒れた人の症状が違っていた。物置にあったのは「有機リン酸系」でバルサンという商品に類したものだった。また体調が思わしなく、記憶が希薄なことから事情聴取を断わったのも警察の心証を悪くした(後刻、サリン被害は記憶を損傷することが明白になる)。

警察の事情聴取とマスコミの疑惑増幅
Photo  「被疑者不詳、殺人罪」「河野義行宅を強制捜索。薬品を数点押収」と発表した警察報道で、メディアの過熱報道は一気に加速した。これに週刊誌が本人の趣味、家族のプライバシーを煽り立てた。無言電話や嫌がらせの電話はひきも切らない状態で電話番号を変えようか、と悩んだ。
 7月30日やっと退院した、と言うよりも退院させられた。と言うのもメディアの勝手な憶測記事とその増幅により「病院は河野を匿っている」「警察は早く河野を逮捕しろ」の世間の無責任な声に後押しされた状況で病院側が要請してきた。その日記者会見で「無実だ」と訴えた足で警察の事情聴取に出かけた。
 ポリグラフ(うそ発見器)を受けたが何も出ず、翌日は警察の強圧的な態度で「自白しろ」「全てわかっている」の態度に事情聴取を拒否した。警察はよく「自分が何もしていなければ自分で証明しろ」と言うが、法律はそうなっていないし、「何もやっていないことを証明できるものはない」冤罪事件の難しさはここにある。

取り調べへの反証
Photo  世の中の方向は無理にでも自分を逮捕の方向に向かっている。逮捕された場合のことを想定し3人の子供の資金計画、逮捕による法的な措置をどうすべきか弁護士から弁護団に編成し、薬品の専門家まで体制づくりを考えた。またメディアの動きに対してメディアを使って反論することを考え、さらに人権侵害を訴えるために訴訟を準備した。
 歳が明けて「山梨県でサリン残留物質検出」の特ダネ記事で風向きは変わった。でも松本では、日弁連の人権擁護委員会に訴え、地元の新聞社には民事訴訟を起こした。そして偶然にも3月20日東京で「地下鉄サリン事件」が発生した。それでも警察は松本での周辺捜査をやめなかった。6月になってオウム真理教が「松本事件は俺たちがやった」と言って、やっと警察は押収品の返還と遺憾の意を表した。妻は2008年8月享年60歳で亡くなった。
 加害者から被害者に戻ったのは1年後だった。

「死刑制度」に反対。国の殺人だ。
 地下鉄サリン事件のオウム真理教の実行犯13名が2018年7月死刑執行された。13名もさることながら一度に執行されたことに話題をよんだ。マスコミはあらたなをつじつまが見えると手の平を変える、変わり身の早い連中だ。冤罪を起こさないためには「推定無罪」と言う立場を貫くべきだ。もし体調が悪ければ、精神的に弱ければ「逮捕」され殺人者のレベルを張られていただろう。しかしこれを支えていたのは「妻が意識不明でもいきていたからだ」。だって彼女を受け入れてくれる病院も施設もなくなってしまう。それが怖かった。
 警察、メディアの対応に直接関わって、何をしていなくても死刑になる可能性があった。人は「かけがえのない命」と言うが、また死刑制度が犯罪の抑止力にもなっていない。間違って冤罪ということもある。私は「死刑制度」には反対だ。