2011年3月11日に発生した地震の被害に遭われた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。少しでも早く普段通りの生活ができるようNPO法人「未来塾・大人の学び」の会員一同願っています。

                            2016年3月1日更新

☆ 「未来塾・大人の学び」 とは

 特定非営利活動法人 未来塾・大人の学び は、自然と人間の共生社会をめざす次代の人づくりをめざします。

 「豊かさ」を追い求めてきたわが国は少子高齢化の急速な進展で、この国の姿・形まで変えようとしています。又、情報の氾濫は真実を曖昧にしています。不条理、理不尽な事件、事象の解決はもとより新たな価値創造に基づく社会づくりの人たちを支援していきます。

 私たちはそのために、物事の真髄や根底にある考え方を学ぶ講演会や講座を企画・運営し、考えや視野の豊富化を図るネットワークを広げるための媒体役となることをめざします。

☆ トピックス

■                        過去のトピックスはこちら
 
★☆★ 過去の講演会の講演内容を記したブックレット(頒価500円(税込))好評発行中!!詳しくは事務局までお問い合わせ願います。 ★☆★

☆ コラム

(3月1日)

           トランプ報道にウンザリ

 トランプ報道の世情にウンザリだ。安倍政権もメディアも底なしの無責任な楽観論に戦時中の政・官・軍の姿を想起させる。就任後初の米英首脳会議は「特別な関係」「自国第一」の同志と相思相愛ぶりを見せたと報道された。ぼんやり読めば、そうかと納得だが、論理的には滅茶苦茶だ。
 トランプの「米国第一」が許されるが、他の国は「自国第一」を遠慮しろ、というならそれはただの自分勝手、我が儘、独りよがりでしかない。FBで交渉前に屈服を図るやり方はビジネスライクとか交渉上手とは言わない。単なる恐喝だ。こういう理不尽さに、世界は足並みをそろえて毅然として対処すべきだ。
 そもそも戦後米国は「消費の国」、敗戦国のドイツ、日本は「生産の国」と采配し、世界に君臨してきた。故に貿易赤字は増大し、外国から流入する資金フローへの依存もさらに深刻化している。あらゆる供給について世界に依存しているのは米国自身なわけで、実は世界なしにはやっていけないことを自覚すべきだろう。(小)



(2月9日)

                正三

 鈴木正三(しょうさん)は、1579(天正7)年に徳川家の旗本に属する武士として三河に生まれた。関ヶ原や大坂夏の陣に出陣して武功を挙げ、秀忠の信は厚かったが1620(元和6)年、切腹覚悟で出家してしまった。
 禅宗の僧となった正三は、人は皆仏性をもっており「わが身を信ずるを本意とす」、「唯自身を信ずべし。自身即ち仏ならば仏の心を信ずべし」を信仰の基本とし、どんな職業であってもその労働が仏行となるとして「四民日用」を広げた。四民とは士農工商であり、それぞれがどうすれば成仏できるかに答えている。「何の事業も皆仏行なり」「仏行のほかなる作業あるべからず」であり、私欲を捨て正直を守るということが、結局は「福」を増し、「結果としての利潤」をも否定しなかった。
 山本七平は、「日本資本主義の精神」の中で、日本資本主義を支えたのは日本人の勤勉の精神であるとし、鈴木正三とその影響を受けた石田梅岩の宗教性・思想性が日本資本主義の倫理の基礎であるとしている。
 奇跡といわれる戦後復興は日本人の勤勉によるものとされているが、その勤勉さが逆手に取られ長時間労働や過労死を生んでいる。
 現代の労働は、仏行であろうか?(ヤ)



(1月1日)

             決められる政治って?

 昨年秋から始まった第192回臨時国会でTPP承認案、年金制度改革法、カジノ解禁法の3本の重要な法案が可決成立した。いずれの法案も与野党が熟議の末成立した法案かというと、必ずしもそうは映らなかった。その象徴が年金改革法案の野党議員の質問における安倍首相の次のような国会答弁に表れている。「私が述べたことを全くご理解いただいていないようであれば、こんな議論を何時間やっても同じですよ。」TV報道を見ていて唖然とした。この答弁の意味するところはなんなんだろう?「くだらんことを言うな」という恫喝か?あるいは「数の力では到底かなわないのだからもう議論はやめよう」ということなのか。政府提出の法案に対して野党がチエックをするのは当たり前であって、それを否定して「数の力」で採決を急ぐのは決められる政治とは言えない。ねじれ国会のときにはよく「決められない政治」といわれたが、今の現状を「決められる政治」と胸を張っているとすれば、真に国民が望んでいる「決められる政治」とは違う気がする。(上)



(12月1日)

               どんな顔 ?

 多くのメディアや専門家の予測に反した「まさかの事態」に不安を隠さない。
 米大統領選挙で不利が伝えられていたトランプ氏が勝利し、米国優先の政策で世界経済が停滞するとの不安から保護主義に対する警戒感が蔓延している。
 安倍総理は選挙中にクリントン氏と会い、トランプ氏が勝利すると掌を返していち早く会うために米に出向いた。「機を見るに敏」政治家たる仕業かは別にしてどんな顔で会ったのか、真意を知りたいものである。
 「人生の楽園」(テレビ朝日系)で第二の人生を送る人々の暮らしとその生き方等人生の豊かさとは何かを考える番組がある。派手でなくても新しいことに挑み、充実した「もう一つの人生」を送る生き生きした輝く顔がある。
 歳を取った自分がどんな顔でこれからの不透明な時代を過ごすのか。お年寄りが原因の交通事故が続く中、朝起きて鏡を見る。一日では老けてはいないが自分は大丈夫だと思う老いに気づかない、そんな顔がそこにある。(大)



(11月1日)

             知事が差別を後押し

 沖縄の高江地区での在日アメリカ軍ヘリパット建設は事前通知さえなく強行されている。この工事に反対する住民に対して、工事推進の応援部隊として大阪府警機動隊が出動しており、現場での一機動隊員の「土人」発言が大きな波紋を呼んでいる。
 それに輪をかけて、大阪府知事の「主張ご苦労様」ツイッターがさらにその混乱に拍車をかけている。
 先ずビックリしたのは「土人」という差別的な言葉自体が自分には「死語」として記憶の外の言葉であったこと。言葉の意味としては「原住民」的な理解でしかなく、使う場所によっては差別感は薄い。
 それよりも関西独特の「アホ、ボケ」の暴力的な言葉の方が強烈で、後から続く言葉がより差別的に聞こえる。沖縄をそのような感情でとらえていた事に大きなショックを感じた。
 次に知事だが、機動隊、とくに他県から応援の機動隊の役割について全く判っていない。
 文字どうり工事関係者と住民の安全のための「壁」として出動したものと考えるべきで、そこには感情を挟むものはないはずだ。その点を知事は理解して発言しているのだろうか?
 忠実に任務を遂行しているとは全く感じられない隊員の発言であり、公僕といわれる公務員としても発想がひどすぎる。もう一度、知事と機動隊は公務員教育を受け直してもらいたいものだ。(安)



(10月4日)

 今年の4月、国際バナナ会議で「新パナマ病でバナナが全滅する恐れあり」と警告された。朝のスムージ―に小松菜と並ぶ欠かせない商業用のバナナは、種無し品種で同じ遺伝子をもった単一品種のため、特定の病気がはやると全滅することから騒ぎになった。バナナの生産が減少している背景には特定の病気だけでなく、大型台風、干ばつの影響もある。それは地球温暖化から来る異常気象が影響していると思われる。これに関して、異常気象の発生自体は当たり前の事象であり、地球が存在する以上は発生する。単に人間の寿命が百年程度で、文献が過去数百年〜千年程度であるため、本来的には地球上で“普通”に発生し得る天候。―と言われ「うん〜」本当にそうなのか。最近経験する激しい気象(台風、雨、風等)は人が一生の間にまれにしか経験しないと言わるほどの事象である。でも“普通”なら、そのままにしてほうっておくことでもいいが、異常なら地球温暖化や自然破壊にハドメをして、異常を当たり前に戻すこと。さて、あなたは…。(辰)



(9月4日)

            <リオオリンピック閉幕>

 連日の熱戦を繰り広げたリオデジャネイロでのオリンピックが閉幕した。大規模なデモ、施設建設の遅れ、治安の悪化、水質汚染など様々な課題を抱えていた大会も、競泳を皮切りに、陸上男子リレーまで過去最多で総数41個のメダルを日本選手が獲得する目覚ましい大活躍。当初懸念された現地の問題を払拭させるかのような成果で日本全国に多くの感動、勇気を与えてくれた。
 時差の関係から夜中にも関わらず、様々な試合に感動して涙を流し、連日の寝不足で疲労が蓄積していたのは私だけではないと思う。
 閉会式では「カネ」の問題で辞任に追い込まれた都知事を引き継いだ初の女性都知事がオリンピックの旗を受け取り、2020年開催の東京オリンピックへのバトンをつないだ。
 エンブレム、新国立競技場などの問題も一見落ち着きつつあるように見えるが、他にも受け入れ体制や会場のアクセスなど解決すべき多くの課題が山積している。解決には政治主導で速やかな対応を求めたいものである。
 2020年に向けて選手たちは過酷なトレーニングを重ねている。メダル獲得はあくまでも結果だが、選手たちの成果を披露するに相応しい環境整備を願いたい。(北)



(8月10日)

                罪 責

 「戦争の罪責はもともと平和の罪責である。戦争の罪責は戦争勃発と同時に生起したのではない。それは平和のなかでの平和に対する罪責である」。臨済宗の僧侶で社会運動家であった市川白弦の言葉(『仏教者の戦争責任』)は重い。
 七月の参議院選挙で三分の二の議席を確保した政権は改憲への道をひた走る。
 福島原発事故への東電支援は九兆円を超え、廃炉の見通しすら立たないのに原発再稼働。
 県民の思いは無視され続ける沖縄。
 四年後に予定される「平和の祭典」にかける巨費(五兆円?)に群がる有象無象。
 差別と排除の社会が生み出した相模原事件。

 市川白弦が指摘する罪責は戦争だけでない。政治の罪責であり、その政治を選んだものの罪責である。事件・事故・事象として現れる罪責の芽は日々に醸成される。
 醸成され続ける罪責に打つ手はあるのか・・・。
 この国はどこへ進もうとしているのか・・・。(ヤブ)



(7月3日)

  「未来のために、力合わせのために」なぜ共産党は党名変更をしない?!

 「党名変更は同感です」と、多くの人が賛同するのではないでしょうか。
 年配の世代の中には共産党が過激な行動や革命を訴えていた時代を知る人がいて、未だに党名へのアレルギー感が強いのではないか。加えて、「共産党」という、言葉の響きが中国や北朝鮮国家の独裁と重なっているのではないか。
 社会は一気には良くならない。「ろくでもない世界」の中で自分の周囲に「気分のいい世界」をこしらえれば、いつかは別の「気分のいい世界」「気分のいいやつら」と出会い、拡大していく。遠回りしているように見えても結局、それが公正で人間的な社会につながるという、ひとつの考え方を私は信じたい。
 そこで共産党が大変身して党名を変えることで、野党共闘の障害は消えるかもしれないし、連立政権も視野に入れた選挙協力が可能になるかもしれない。実際、ヨーロッパでは共産党が現実路線に転換して党名を変え、「国民政党」へと脱皮したケースが少なくない。ドイツでは東西統一後、共産党メンバーが左派政党に合流、「左翼党」という名で野党第一党となり、イタリア共産党は1990年代に「左翼民主党」と党名を変えて左翼連合「オリーブの木」の一角として政権に加わった。
 だから日本共産党も、大衆者目線・労働者目線の「大衆党」や「労働党」などへイデオロギー色を排した党名に変えて路線変更をして、今まで感じていた抵抗感が無くすことで、特に共産という名前に嫌悪感を感じている無党派層や中高齢者層の支持が拡大することになるでしょう。
 また、ピュアな若者たちは、「政治とカネ」の疑惑にまみれた政党に期待が持てず、職場を忘れて政治に走る労働組合に期待が持てず、失望感が先行して選挙に行く人が3割という現状は「ましな」政党の出現を期待している。今の若者たちはシールズに代表されるようにやれば未来を創造できるし、自分と密接な政策づくりを丁寧に分かり易くシッカリと行うことによって、若者たちと新たに選挙権を得た240万票の投票先となりうると思う。そして他の勢力を糾合した政党に成長するかもしれません。
 日本共産党にとっては他の野党が総崩れ状態のいまが「よりましな」投票先へと脱皮する好機であり、自民党と真正面から戦える国民政党になるということは、まあ、あくまで夢のまた夢、夢物語なのだろうか。(うえ)



(6月1日)

         オバマ米大統領広島訪問と国民の反応

 オバマ米大統領が伊勢・志摩サミット閉幕後の5月27日、戦後現職米大統領として初めて広島の地を訪問し、原爆資料館の視察、原爆死没者慰霊碑に献花した後スピーチを行った。
 TV各局、新聞各紙の報道を見る限り、原爆投下に対する謝罪の言葉がなかった、核軍縮に対する具体的な明示がなかった等の否定的な意見も見られたが、現職大統領として初めて被爆地にたったこと、短時間とはいえ原爆資料館を視察したこと、被爆者との対話を行ったこと等の意義は大きいとの意見が多かったように感じられる。
 唯一の被爆国として原爆投下の正当性は看過できないが、訪問にあたって謝罪要求に拘っていたならば多分訪問は実現しなかったのではないかと考えられる。
 原爆死没者慰霊碑に刻まれている「安らかに眠ってください過ちは繰り返しませぬから」の碑文の趣旨は、全ての人々が原爆犠牲者の冥福を祈り戦争という過ちを二度と繰り返さないことを誓う言葉であると広島市のHPには説明している。
 オバマ大統領がその碑の前に立った意義は大きい。
 できれば核保有国のみならず、全世界の国の最高指導者が訪れ、戦争の悲惨さと核廃絶に向けた取り組みを強めてもらいたいものだ。(上)



(5月1日)

           地震列島の不安解消は何時

 またしても大きな災害、熊本地震が起きた。被害に遭った人でなければわからない恐怖と将来不安の日々、一刻も早く力強い支援を願うばかりである。
 東日本大震災から5年が経過し各地方自治体で「防災計画」や「動物愛護法」から災害時のペット等の同行避難、シェルターやボランティアの役割が明確にされたが熊本地震で生かされているだろうか。
 被害者が車の中で過ごす「車中泊」から「エコノミークラス症候群」で健康への不安が高まっている。車中泊をする被害者には様々な事情があるが「余震が心配」「飼い犬や猫がいるから」避難所に入れないのも理由の一つにある。自宅が全半壊し避難生活の長期化は避けられず避難所生活には先が見えない。それは家族同然の飼い犬や猫も同様である。
 熊本地震でも人間だけではなく、罪もない動物たちが見えないところで犠牲になっており、そんな動物たちにも温かい支援が必要であることを知るべきである。
 大きな地震にも遭わずに何事もなく普通に生活できる幸せを感じながら、地震列島の上に生活していることを忘れてはいけないと気を引き締めている。頑張れ頑張れ熊本‖ (大)



(4月1日)

              子ども食堂

 「保育園落ちた日本死ね」のブログから待機児童問題が改めて問題になっている。自分の孫の心配から前にもこの問題をコラムに書いた。だが未だに首都圏中心に解決されていない。少子化対策の中心課題であり、「一億総活躍社会」?を旗印にする安倍政権には放置出来ない問題だ。そこで保育園や保育士の改善が実現できればうれしいのだが・・・・・しかし待てよ?? 園児は数年経てば小学校に入学する。小学校は幼稚園と同様授業が終われば下校することになる。 低学年は午前中のみか? 高学年でも午後3時には家に帰ることになる。そこからは家で一人。いわゆる鍵っ子である。 ずっとテレビかゲームが相手なのだろうか?学童保育があるようだが、親が夕方帰宅するまでは両親とのつながりが全くない。家族団欒や親子の深いつながりが薄れていく。最近のこどもを取り巻くいじめや家庭内暴力、育児放棄の事件、事故の報道を聞くにつけ「家族の貧困」が心配でならない。子どもの貧困化といわれる。 格差社会の中、片親家庭では夜遅くまで仕事に就かざるをえない状況もある。そんな中、「子ども食堂」の話題が時々報道されている。 子どもたちの「食の貧困」から月に二三度300円ほどで食事をする。その繋がりから子供たちが集まりともに遊び親たちまで集まるというのだ。 新しい子どもの居場所、親子の関係、近所の集まりの基点として興味がわく。(安)



(3月1日)

             <開業から一年>

 2015年3月14日の北陸新幹線開業から1年、金沢も観光客が大幅に増加した。だが一方では「リピートされない観光地」との酷評も。
 その要因の一つはホテル宿泊代金の高騰。駅周辺のホテルは開業前に一泊8000円程度が今は15000円など平均で1.5倍ほどの値上げに。昨年のシルバーウィークには一泊25000円にまで跳ね上がったところも。
 その二つは交通事情。路線バスには前方ドアから乗車と同時に運賃を支払い、後方ドアから降りる地域もあるが、金沢では後方ドアから乗車時に整理券を取り、前方ドアから下車時に運賃を支払う方式で、観光客からは「利用方法がわからない」「困っていても乗客は知らぬふり、運転手さんも説明してくれない」などの意見が。最近では車内ポスターで利用方法を伝えるなど改善されている。
 今年は3月26日に北海道新幹線が開業予定だが、北陸、北海道ともに新幹線の一番列車は東京発のチケットが25秒で完売している。北海道も更なる賑わいが想定されるが、金沢も2年目を迎え「リピーターに愛される観光地」として、誘客も含めた地域経済の活性化に期待したい。(北)



(2月7日)

                責 任

 昨年5月、真宗大谷派は「安全保障関連法案」に反対する宗派声明を発表した。声明は「先の大戦において国家体制に追従し、戦争に積極的に協力して多くの人々を死地に送り出した」教団の歴史を踏まえたもので、改めて宗教と国家・戦争について考えさせられた。
 宗教者の戦争責任を考えるとき、暁烏敏(アケガラスハヤ)が思い浮ぶ。暁烏は1877(明治10)年、白山(旧松任)市北安田の「明達寺」に生まれた。『歎異抄』を世に広め、仏教誌の編集・執筆、講演で全国を回る姿は、盲目であったこともあり鑑真にたとえる人もいた。
 満州事変(1931年)の頃の暁烏は、「非戦論者である」と言いながら、戦争への対応の基本を聖徳太子の「17条の憲法」第10条、「われ独(ひと)り得たりと雖も、衆に従いて同じく挙 (おこな)え。」においたという。「共に凡夫であれば張り合わず、広い心で皆に溶け合い、従っていく」という“消極的”態度だが、次第に「大政翼賛運動の理念が仏教の理念と中心を同じくする」(1940年・願彗)と変わっていく。
 敗戦(1945年)の年、68歳の暁烏は肺炎で死を覚悟するが「念仏によって立ち上がった」。
 戦争責任については、1946年8月に「指導者がいくら戦をしようとしても、国民がついていかなかったら戦はできない。政府や軍部の責任として、我々国民が責任逃れをするということはできない。やはりすべてが責任を負うべきである」と述べている。
 すべてに責任があるならば、暁烏個人に、そして私にどんな責任があるのかには答えていない。(ヤブ)



(1月11日)

               友、逝く

 30年来の友がまた一人逝った。顔を合わせるたびに、社会の出来事を語り合った心優しい友だった。小生が田舎に引っこんでも、時々東京の動きについて資料を送ってくれたり、出張ついでにわざわざ寄ってくれたりで、最後までその優しさは変わらなかった。
 死因は大腸癌だった。3年前に発見されたがすでにステージ4期で、医者との相談の結果、食事療法を選択した。酒好きの彼がげっそりやせ「健康にいいや」と強がりを言ってはいたが、途中緊急入院が2回あった。そして1月2日天に召された。享年65歳はまだ早い。
 2014年の平均年齢は男80.5歳、女86.8歳と言う。過去に遡れば1947年に初めて男女とも平均年齢50歳を超えたのだそうだ。最も古いデータ(1891年〜1898年)では男42.8歳、女44.3歳とある。近代化とともに寿命はどんどん上昇しそして科学的予見では、人間は120歳まで生きられる、という説まであるらしい。
 老化は「死」へのステップでありながら、話題はどうしても「寿命」をいかに永く伸ばすかに焦点が当たる。でも「死」があるから人間が人間らしさを保たれるのではないか、寿命があるから今どう生きるかを考えるようになってきたのではないか。それが本来の人間らしい姿ではないのか・・・とふと考えてしまった。(小)



(12月10日)

        マイナンバー制度に期待どおり・・・?!

 10月1日、いよいよ、マイナンバー制度がスタートした。
 マイナンバーは、住民票を有する全ての者に1人1つの番号を付して、社会保障、税、災害対策などの情報を一元的に管理する制度である。
 政府関連のHPをみると、イメージキャラクターのマイナちゃんがマイナンバー制度について解説し、個人情報を「むやみに他人に提供することはできません」と強調しているのは、あくまで個人情報は徹底的に管理するということでしょうか。
 当初、マイナンバーの利用範囲は社会保障や徴税などに限られるとされていたのだが、改正案では、預金口座、健診情報などにも適用範囲が拡大されている。なぜなら、それらのあらゆる情報をマイナンバーと紐付けることでこそ、マイナンバー制度導入のメリットが大きくなるからだ。
 マイナンバー制度はサイバーネット社会の時代にマッチしているのか?
 マイナンバーに類似した制度を日本に先行して導入している国がある。導入された背景、目的、方法などは国によりそれぞれ異なるのだが、日本のマイナンバー制度はアメリカの社会保障番号制度をモデルにしたとされている。
 ところが当のアメリカでは、社会保障番号制度を悪用した成りすまし行為が頻発し、制度からの情報流失が大問題になっている。国防総省は2012年、情報流失が止まらないことを理由に制度から離脱することを表明した。アメリカでは、日本のマイナンバー制度導入に逆行するような制度見直しの動きが出てきている。
 というのも、アメリカで社会保障番号制度が導入されたのは1929年、80年以上も前のことであった。今日のようなサイバーネットワークは想定されておらず、人々の個人情報に対する意識も今とはまったく異なるものであった。サイバーネットワークが発達した現在において、アメリカでは、社会保障番号制度は時代に合った制度なのか、という議論がされている。
 一方の日本では、どうか?
 今年に入ってから、企業向けのマイナンバー制度セミナーが活況で、企業は源泉徴収票や健康保険などの取り扱いのため、従業員とその家族の個人番号を把握し管理しなければならないためだ。マイナンバー法案成立後、多くの上場企業は、制度に対応した環境整備、システムの構築をおこなうための準備に奔走している。しかし中小・零細企業では、来年から運用が始まるというのに何の対策もしていないというのが現状のようだ。
 国民一人ひとりが一番不安に感じている、マイナンバーに付帯する情報が漏洩してしまうリスクは、省庁や地方自治体だけに限ったことではない。情報は企業から漏洩してしまう可能性があるのだ。政府は、民間における情報漏洩に対し重い罰則規定を設定することで対策しようとしているのだが、果たしてどこまで効果があるのか。
 マイナンバーの扱いは、官民協働で安心・安全、信頼出来るような制度へ、より踏み込んだリスク対策等が必要ではないでしょうか 。(うえ)



(11月4日)

           ころころ変わる?就活時期

 大学生の採用解禁日を前倒しすることが検討されているそうである。2016年4月入社組から、従来の4月選考開始を8月開始に変更されたばかりでありながら、また変更されるとなると、一体何のための指針なのかと考えさせられる。変更検討の理由が@就職活動が長期化する。A中小企業を中心に内定辞退者が相次ぎ人材確保に苦心する。というのが理由らしい。元採用活動に携わった経験からすれば何を今さらと思う。
 指針そのものが経団連(加盟企業は大企業を中心に1600社余り)が制定した法的拘束力のないものであることから、従来からフライングする企業がかなりあったように聞いている。問題は解禁日の繰り上げ、繰り下げだけではなく、決められたルールがきちんと守られないことにあるのではないかと思う。猫の目のようにルールが変わるのでは、迷惑するのは学生であろう。(上)



(10月1日)

             闘う老憲法学者

 役目がら得た講師の裏話をひとこと。
 市民講演会の準備のため、講師をお迎えし移動の車の中、時にはそばをすすりながら打ち合わせはもちろんですが、世間話をする機会が多いのです。
 9月27日は樋口陽一さんでした。当初の電車が急きょ変わって、早く到着するとのこと。あわてて段取りの変更をメンバーに連絡。最近の金沢駅は駐車がままならなくて、運転手付きで「停車」状態でないと難しいのです。お歳でもあり休みたいと言うので、とある和風のお茶処を時間前に開けてもらい貸切状態で休息頂いた。
 講演は16時頃に終え、帰りは20時頃の電車のため、夕刻から安保法制をめぐる一連の活動に関心のある人たちと簡単な酒席懇談の場を持った。冷酒を嗜みながらしっかりした口調で議論に加わる。そして「SEALDsの様な若い子たちを守ってやれよ」と昔の左翼っぽい今はおじさんたちを喝破していました。
 樋口さんは「闘う憲法学者」の看板的存在だが、長年、新聞やテレビでコメントすることは控えてきた。でも今は穏やかな語り口調ながら、背筋をピンと伸ばした老憲法学者(81歳)でその表情には一点の曇りもない。そばにいて思わず姿勢を糺さずにはいられなかった。(小)



(9月1日)

         セキュリティ、プライバシー大丈夫

 マイナンバー法案が今国会で成立する見通しである。個人番号を10月から各世帯に通知し、来年1月から行政手続き等に活用する事になる。行政が税と社会保障等の個人情報を番号により管理し、脱税や年金の不正受給を防ぐこと等を目的としている。日本年金機構の情報流出問題で国の情報管理への不信感が強まっている中でのスタートとなる。
 「防犯監視カメラ」の何かがおかしい?
 大阪の中学生死体遺棄事件で容疑者が逮捕された。防犯監視カメラの設置目的は犯罪発生抑止と言いつつ「コンビニ」「ガソリンスタンド」「駐車場」「道路」等、人や車の行動範囲を追跡するがごとく映像を第三者に公開することは許されるのか。
 メディアが毎日防犯監視カメラの映像を解析し放映している事に問題はないのか。
 警察の「任意捜査」を超えて監視カメラの設置者が何の法的根拠や正当な理由でメディアに映像を提供し公開する事は犯罪事件に名を借りた濫用で極めて危険性を感じる。
 平和ボケにならないように忘れてはならない事がある。プライバシーは、セキュリティは、安心安全な社会にはまだまだ時間が掛かりそうである。(大)



(8月2日)

         夏だ、熱中症対策は大丈夫・・・?!

 夏の季節が大変、暑い日々が続くこれからの時期、熱中症の対策をした方が賢明な時期になった
 そもそも、熱中症とは何でしょうか?
 人はさまざまな方法で体温を一定に調整し健康を維持するが、何らかの要因が重なってその体温調整機能が上手く働かなくなった状態を熱中症といい、最悪の場合は死亡するケースもある
 とくに、季節の変わり目は暑さに体が慣れていないため、熱中症のリスクも高まるので、暑いこの時期の外出は、以下の対策を講じてみてはいかがでしょうか
 外出をする前には、暑さ指数をチェックする習慣付け、湿度や熱環境(日光など)、3つから熱中症のリスクを計る気温「℃」で確認する
 通常の外出であれば、
 1.25℃〜28℃・・・警戒(運動をする際は、定期的に休息を)
 2.28℃〜31℃・・・厳重警戒(炎天下の外出は避ける。室内は気温に注意)
 3.31℃以上・・・危険(外出は避ける。涼しい室内に避難)
 といった判断になります。
 外出をした後は、服装と行動に注意する
 熱中症リスクをチェックした後は、外出時の熱中症予防に努め暑さ指数が低くても、
 ・寝不足がある
 ・食欲不振である
 ・疲れがたまっている
 といった日は要注意である
 体調が優れず体力が落ちているときは熱中症のリスクが高くなるので、外出時の場合は、
 ・長時間の歩行は避け、定期的に休息を入れる
 ・涼しい衣服を着る
 ・帽子をかぶり、直射日光を避ける
 ・水分と塩分の補給を徹底する
 といった点に注意しつつ、次の症状が現れたら
 ・筋肉痛、筋肉の硬直
 ・めまい、頭痛
 ・大量の汗
 ・吐き気
 などは熱中症のサインである。異変を感じたら涼しい場所へ避難し、服装を緩めて体温を放出する。冷たい物があれば首、脇の下、太ももの付け根を冷やし、水と塩分を補給する。
 自分で水分を飲めない、症状が良くならない場合は要注意、すぐに医療機関に足を運んで診察を受けよう(う)



(7月4日)

            腰痛とのお付き合い

 スポーツジムに通うようになって筋トレ、有酸素運動を繰り返すうちに腰痛も日常茶飯事となり、ぎっくり腰も数回経験。2年半前にも腰を痛め、またぎっくり腰かと思いきや、段々と足にも痺れが現れ、病院に行くとヘルニアの診断。入院して腰におもりをつけ引っ張って様子をみるも全く改善せずに最終的には手術。術後も完全復調とは言えずに、2週間から1ケ月に1回は注射を打つなど病院通いの日々が続いたが、去年末に行った接骨院で「安静にするのでなく動かすことが必要」と聞き、腰を伸ばすことを意識するように。毎晩の入浴時にうつ伏せ状態から手をついて腰を反らす態勢を数分。寝起き時にも毎朝腰が痛いため、同じ姿勢をとった後、ストレッチポール(ストレッチ用品)に乗ることを習慣に。腰痛は持病となったが、対策を見つけたことで付き合っていくことが可能と思えるように。自分にあった対策がいかに必要かを感じるきっかけとなった。(北)



(6月11日)

              バリアフリー

 私のつれあいが、先月から外出時に車椅子を利用し始めた。
 私はその介助役だから、乗っているときの怖さや辛さの実感があるわけではないが、バリアの多さは思っていた以上だ。
 金沢駅周辺の最近整備された大通りやビルの周辺でも、歩道には通常気付かない程度の傾斜があり、車椅子は直進せずに自然と車道または縁石側へ進んでいく。視覚障碍者用の点字ブロックや車いす用のスロープ、1〜2センチ程度の段差も、介助者がいなくてはなかなかの大敵だ。
 建物の出入り口の多くのドアは、押すか引いて開けることになっているが、これを介助者なしで開けるのは至難の業。立派なビルの分厚いドアなどは言うに及ばずで、横開きか自動ドアの有難さを痛感する。エレベーターでは、乗るときは前向き、降りるときは後ろ向きでの状態のためモタモタせざるを得ない。
 最近の大型量販店では、車椅子用の駐車スペースが設けられているが、利用者のマナーにがっかりすることもしばしばだ。車椅子のままでの買い物も、手の届く範囲の商品以外は介助者の手が必要であり、混んだ店内ではミニ衝突の連続だ。
 物理的なバリアよりも手ごわいのは、心のバリアだ。「モタモタするな」「チェ」という舌打ちが心を刺す。チョットした気遣いや声かけが刺された心を癒してくれる。(ヤブ)



(5月10日)

 経産省が4月末に電源別発電コストの新しい試算結果を公表した。
 これによれば、2030年時点で原発コストが1kw時10.1円以上で、火力・水力・太陽光など他の電源コストより安いことから、原発の構成比率を20%から22%としている。
 しかし、このコスト試算は眉唾ものではないだろうか。福島第一原発事故以来安全対策が強化された分、事故が起こる確率が半減したとみて、その分コストを低く見積もったり、立地地元対策費など、バックエンドコストもどの程度反映されているかも定かではない。
 私たちは忘れてはならない、福島第一原発事故のあの悲惨な光景を、そして「脱原発依存」の公約を。「のど元過ぎれば熱さを忘れる。」にならないように、これからも声をあげていかなければならない。(上)



(4月13日)

              「粛々と」

 「粛々と」という言葉が話題を呼んでいる。
 言葉の意味は「ひっそりと、厳かに」。
 沖縄の普天間基地の辺野古への移設に関して翁長知事と菅官房長官との会談での話である。
なにがあろうと雑音には感ぜず無感情に事を進めていく・・・・強引さを感じる。
 沖縄タイムスによると、会談の中で翁長知事から「米軍の沖縄上陸以来、何の断りも説明もなく、銃剣とブルドーザーで土地が強制接収された」と説明。まさしく「粛々」と基地建設が行われ、また「粛々」と沖縄を切り離してサンフランシスコ講和条約が結ばれたのである。
 「沖縄県が自ら基地を提供したことはない。」翁長知事は今こそ県民の意志を貫き、何度目かの「粛々」と対決しようとしている気がする。(安)



(3月12日)

              生活習慣病

 戦後70年、バブル期と平成不況を過ごすそして超高齢化社会、健康で特別悪いところも無く薬の世話にもならない中、おかげさまで素晴らしい「古希のお祝い」を頂いた。
 あるキッカケから病院で検診、CT検査から「腹部大動脈瘤」で緊急手術をしなければ命にかかわると言われて人工血管の置換手術をする。
 成人男子の腹部大動脈は直径20数ミリが普通で58ミリ超えは破裂する一歩手前であるとのこと。何の症状も無く日常生活に支障が無くても老化とともに動脈硬化は確実に進行していた証である。
 『体質素質プラス悪い生活習慣プラス老化と複雑に絡んで生活習慣病となる。生活習慣病には完治はない。闘病してもダメで「一病息災」上手にお付き合いが原則で目をつぶる瞬間「いろいろあったけど、それほど悪くない人生だったな」と思えたら一番幸せな人生である』「大往生したけりゃ医療とかかわるな」中村仁一院長・講演から(2012/12/2)
 術後一ヶ月が経過して順調に気も体力も回復した今、せっかくもらった命だけに「いろいろあったけどそれほど悪くない人生だった」と言えるように、今からでも生活習慣を見直し、楽しみな加賀野菜作りやゴルフなどへ挑戦を続けていきたい。(大)



(2月1日)

          「村山談話」の精神はどこへ

 「過去に目を閉ざす者は現在に対しても盲目となる」と述べたワイツゼッカー元ドイツ大統領が亡くなった。同氏は戦後50年の95年に日本を訪れ、「過去を否定する人は過去を繰り返す危険を冒している」と訴えた。
 その年、95年の8月15日に当時の村山総理は、過去の戦争を「国策を誤り」、「国民を存亡の危機に陥れ」、「植民地支配と侵略」により諸国に多大な損害と苦痛を与えたことに痛切な反省とお詫びを表明し、「独善的なナショナリズムを廃し」、国際協調と平和・民主主義を広めることを誓う「村山談話」を発表した。
 「村山談話」から20年を経た今、「独善的なナショナリズム」は跋扈し、「靖国」や「慰安婦」問題が再燃し、「集団的自衛権」や「秘密保護法」が現実のものとなった。国際協調や平和・民主主義が広まったとは到底言えない。ネットでは村山元総理に対して、「国賊政治家!」「売国奴!」などの言葉が飛び交っている。
 それに乗じてか、安倍総理が「21世紀にふさわしい、未来志向の談話」の準備をするそうだ。
 「過去を否定し、過去を繰り返す」ことだけは、ごめんだ。(ヤブ)



(1月5日)

 師走の総選挙狂想曲は終わった。結果は周知のとおり自公連立政権で2/3を上回る326議席を獲得した。しかし、投票率は小選挙区で52.66%と過去最低を記録した。全有権者のほぼ2人に1人が投票所に足を運ばなかったことになる。低投票率の理由について、今回の総選挙は争点がわかりにくかったとか、投票日の悪天候が影響したとか、色々報道されているが、安倍政権の2年間の経済・安全保障・外交等政策運営がどうであったか。また、これから先どうしようとしているのか。それに対して野党各党がこれらをどう評価し、「わが党ならこうする」というような対峙する政策があれば、立派な争点になるのではないか。選挙期間中の遊説で安倍首相は、アベノミクスの経済政策で、「他に道があるなら教えて欲しい」とまで言っている。有権者にすれば、「他に選択肢があるなら教えて欲しい」と言いたい気持ちになる。いずれにしても、自公連立政権がこれからまだしばらく続くわけであるからしっかり見定めなければならない。(上)



(12月3日)

              日々のこと

 今年の夏、掃除に目覚めた。ある人の提唱する、毎日30分のルーチンワークとしての掃除である(注・宗教的なものではない、単なるお掃除術)。玄関に始まり、トイレ、洗面所、風呂場、廊下、階段、リビングルーム…。すべてホコリを取り、掃いて、水拭きをするという、言ってみれば、ごく普通のことだが、汚れていても、いなくても、とにかく毎日、水拭きまで必ずするという方法だ。さらに特別な道具は使わず、雑巾がメインであることもポイントか。
 これにハマってしまった。毎日していると、汚れへの感度が高まり、ふだんは気づかない、家具や家電、照明器具、窓ガラス、窓の桟や柱など、隅々まで目に入り、身体が動く。このルーチンが終わらないと落ち着かないくらいだ。
 また、ものが多いと掃除がしにくいので、どんどん不要なものを処分し、片づけて家の中はスッキリしていった。3か月以上、この状態が続いている。快適である。(な)



(11月8日)

              知の多様化

 やっぱり!ではないが、安倍内閣の「女性登用」がいきなりつまずいた。
 そもそも女性の登用に数値目標を掲げること自体に疑問を持つ。労働人口が減少していく中で、女性の社会進出を促し活躍してもらうことは大賛成だ。しかし個別に事情の異なる組織に無理やり定数を決めてもうまくいかない。
 女性の社会進出を阻んでいる社会制度などを改革してチャンスを平等に与えることに注力すべきである。そして創造性を発揮するために多様化させることは正しいと思うがそこに女性登用の数値目標の解があるとは思えない。
 専門家に言わすと、多様性と言うとすぐ、性別や人種と言った見た目に頼った多様性に飛びつくが、これでは組織内に断層が生まれてしまうだけだと言う。正しい多様性とは「異なる能力、経歴、経験を持つ人間を多く入れるタスク型の多様性」で、そこに「知の融合」が起きて新しいアイデアや企業で言えば業績の向上につながるのだと言う。
 心理学の理論によれば、人間は無意識のうちに組織内にいる人間を分類するという。その時に優先されるのは目に見えない能力や経験より、性別や肌の色といった目で見てわかる違いだというのだ。
 どうせやるなら「複数次元での多様化」を徹底的にやるべきだろう。
 見せ掛けだけの「女性利用」は組織にとっても女性にとっても不幸な結果を招きかねないと思うのだが・・・・・。(小)



(10月11日)

            女性大臣の数の問題に思う

 「少子化問題」は単純に保育所等の増加で解決するような単純な問題ではないと思う。「対処療法」で解決するほど問題は甘くはないのだ。
 現在の若者が希望に満ちた結婚生活を送れるほど今の平均月収は高くない(リストラから非正規労働者の増加)。さらに、育児となれば費用も問題だが場所、時間、それに絶対的に数が少ない。
 そんな問題と無関係に安部首相は女性登用に積極的である。能力のある人が男女関係無く登用されるのはきわめて自然で正しいと思う。
 しかし私が気になるのは女性の性の特殊性・・・母性の問題だ。 その点を差し引いて評価されるべきで安部首相がその点を考慮しているか甚だ疑問だ。
 内閣に何人女性を入閣させるか数字だけを考えているとしか思えない。
 「少子化」の問題とはこの点が根本的な問題と思えてしかたがない。
 ”有能な女性首相”が、”自分”の子供の教育や育児を安心し社会にまかせ、自らは政治に専任できるような社会こそが子供が街にあふれ、子供を中心とした生き生きした社会生活が営われる社会ではないか。(安)



(9月8日)

               投資効果

 「幼児教育は、最も有効な公共投資である」と、アメリカの経済学者でノーベル賞受賞者のヘックマン教授(シカゴ大学)が2010年に論文で発表した。
 教授が依拠した「実験」は、1960年代にアメリカで行われたペリー就学前計画。この「実験」は、経済的に恵まれない3~4歳のアフリカ系アメリカ人123人を対象に、午前中は学校・午後は家庭訪問で2年間教育した子どもと、そうしなかった子どもを40年間追跡調査したもの。その結果、高校卒業率や持ち家率、平均所得、婚外子を持つ比率、生活保護受給率、逮捕者率などで明らかな違いが見られ、政府として受け取る利益は所得増による税収増、福祉関係費の節約、治安・裁判費用の節約など、要した費用の6〜7倍にもあたると言われる。この「投資効果」は、失業訓練や就学援助などより遙かに「費用対効果」が優れているとされる。
 一方、「アメリカ国立小児保健人間発達研究所」では1,000人を超える子どもの追跡調査を行い、「質の良い保育」は子どもの発達に良い影響を持つとしている。
 乳幼児教育を「投資」と考える労働経済学者の発想と、40年間にわたり個人を追跡調査するアメリカの研究姿勢には恐れ入る。
 伝統的に「三つ子の魂云々」といわれる日本では、このような研究はまだないそうだ。(ヤブ)



(8月11日)

 「NPO法人 未来塾・大人の学び」は発足して3年目、新規、継続の会員が増えて、感謝、感謝の一言である。
 その時々の情報を会員皆さんに提供し、創造を追求する活動を継続していきたい。
 同じ能登出身という好(よしみ)もあり、大相撲:遠藤関の活躍から久方ぶりに日本人の「大関誕生」と「大和魂」が大きく見出しを飾っており、胸躍る気分だ。私達一人ひとりも「NPO法人 大人の学び」を通じて、常に前を見て積極的に歩み続ける挑戦の素晴らしさを実感出来れば幸せである。

 「誰もが時代の流れや変化に敏感であると同時にいかにして創造性を発揮するために、前に向かって歩み続ける姿勢は、新たな創造への意欲や行動を感じる。
 悠々自適もいいし、思い出や自慢話に花を咲かせるのも、満たされた人生の一時ではあるが、そんな状態や心境になっているのは、現役を離れた人であろう。」
 (森 英恵 服飾デザイナーより)



(7月5日)

            政治の「万能こう薬」?

 昔から「万能薬」として重宝していた「正露丸」。歯が痛ければ痛む箇所に詰め、腹が痛ければ「これ飲んでおきなさい」と勧められ、子ども心に「何にでも効く薬」だった。でも薬学的には万能とか何にでも効くなんてことはありえない訳で、過剰取得による影響もあり「ほどほどにしておきなさい」ということらしい。▼しかし政治の世界では便利に使われる。集団的自衛権行使容認をめぐる論議では「必要最小限」とか「おそれがある場合」とか、随所で使われている。何でもくっつく万能こう薬の理屈で、その判断は時の政権が決めるらしい。しかしそのリーダーの規範は何か、何に基づくものか。どう言おうと理屈をつけようと、他国に入り込んだり、他国に変わって銃器をぶっ放せばおのずと撃ち合いになり犠牲者が出る。その後の事態に想像力を巡らせてほしいものだ。▼そういえば先の戦争も結局結末を考えないで突入して行ったんだっけ。(小)



(6月1日)

 仕事の話で恐縮ですが、色々なシステムを考える時にシステムが電源喪失などでダウンした時の事を考慮しなければならない。
 例えば工場のベルトコンベヤーなどを制御するコンピューターがダウンした時コンベヤーが停止しないととんでもないことになる。
 原発も同様だが面白い話がある。
 最近はどこのビルや会社でもセキュリティが厳しく簡単に進入する事は困難である。厳重なセキュリティ・システムが何重にも配置されている。当然システムがダウンする事もありうる。その時は手動で簡単に開ける事が出来るように作る事が肝心である。
 3年前の福島第一の電源喪失では建屋のセキュリティはしばらく動いていたようだ。 ところが作業員が建屋内に入りいくつかの扉を開錠した瞬間にシステムがダウンし、扉と扉で仕切られた空間に閉じ込められ事になってしまった。完全に外界とは遮断され密室化された空間。おそらくなんの手掛りもない暗黒の世界だっただろうか。もし誰も気が付かなければ餓死も考えられる。
 小さな話だが今の原発をめぐるやり方を示唆するような事象だ。 放射性廃棄物の処理、処分の方法が見えないなか、どんどん天文学的に増える「汚染水」や除染により出た「汚染土」等・・・・もう、再稼動なんかありえない。




(5月3日)

 先日、母が亡くなった。「末期の水は摂ってもらえるの?」そう、自ら尋ねて入ったグループホームで約10年を過ごした後、約束通りのターミナル・ケアを受けて。「延命措置は要らないからね。」これも早くからしっかり意思表示していた。主治医も同様の考えの持ち主で、だんだん食べ物も水分も摂れなくなり、どんどん弱っていっても、酸素吸入もせず、栄養や水分の点滴も全くなかった。私もグループホームの職員も、姿勢を変えたり、共に音楽を聴いたり、話しかけたり、母が安楽に過ごせるように手を貸したが、見守るだけだった。母は特に痛がることも苦しむこともなく、最期にだんだん呼吸が少なくなり、静かに息を引き取った。私は「お母さん、ありがとう。また会おうね」と言って見送った。一昨年の講演会で、中村仁一先生が話された通りの「自然死」だった。最期まで、ずっとそばで見守った私は、人間がこんなにも穏やかに、安らかに死んでいけることを知った。(な)




(4月6日)
              気骨は今どこへ

 1942(S17)年4月執行の衆議院鹿児島二区の選挙は「不法選挙運動が組織的かつ全般的に行われたため無効」という大審院(当時の最高裁)判決が、1945(S20)年3月に吉田久裁判長によって出された。
 衆院選前年の1941(S16)年10月に東条内閣が成立し、12月には真珠湾攻撃という日本が戦時色に染め上げられた時代だ。東条は、「翼協(翼賛政治体制協議会)」を全国に結成し、「翼協推薦以外への投票は非国民」として大規模な選挙介入を実施して軍部に批判的な議員の一掃をはかった。選挙結果は、翼協推薦者381名が当選、非推薦の当選者は27名にとどまり、鹿児島・長崎・福島などから選挙無効の訴えが出された。
 唯一、選挙無効判決を出した吉田判事には特高警察が張り付き、様々な圧力がかけられながらの「命がけの判決」だった。判決の4日後に吉田は職を辞している。
NHKの「気骨の判決」という番組でこの事実を知り、インターネットで同名の著書(著者:清永聡、新潮新書)を探した。売値が何と1円。複雑な思いで購入し、一気に読み進んだ。
 読後感は、裁判官・政治家・NHK・・・の「気骨は今どこへ」である。
 勿論、自らに対しても。(藪)




(3月7日)

 芽吹きの季節がきた。¨あの日¨あの日¨東日本大震災からもうすぐ3年になる。
被災地は今、どうなっているのか。本格的な「復旧・復興」は、「奇跡の一本松」は、福島原発事故で全村民が避難し「残された命」犬や猫など、はどうなっているのか。
大きな支援の輪や助成金など有効にその目的が生かされているのだろうか。
正確な情報がすべて報道されているのだろうか。
真実を伝える責務はNPO法人「大人の学び」にもあると思うが、何が出来るだろうか。
 私たちNPO法人「未来塾・大人の学び」もスタートして3年目を迎えようとしている。
「石の上にも3年」か、支援と信頼を頂き出来ることから活動を進めてきたが今年1月にある団体から寄付の申し出を頂いた。個人会費や団体等からの寄付で活動しているNPO法人「大人の学び」だけに非常にありがたく幸せな事である。
 北陸労働金庫は北陸のNPO法人・ボランティア9団体に助成金を交付するとの記事を見たが、NPO法人「大人の学び」が各種団体や多くの皆さん方から信頼され活動に共感と信頼から応援頂ける活動を今まで以上に進めていく事が大切である。(大)




(2月15日)

 「原発反対」の国会前活動は今も毎金曜日夜行われている。でもこれを「テロ」としかとらえられない人がいて、特定秘密保護法として国民の知る権利を侵害し、罰則まで設けるのは国民主権の原理に反するものだ。メディアの報道もうわべの表層の話題で繕い、真理をつく内容が乏しいように思う。
 首相の施政方針演説も、東アジア地域の安定と発展に向けた日本の役割や、また世界を唸らせるような提案はなく、「内向き」でプチナショナリズムを煽るかのような演説だった。
 100年前、第一次世界大戦でUボート(潜水艦)の艦長を務め、アドルフ・ヒトラーの支持者だったドイツ人「マルティン・ニーメラー」は、退役後父の後をついで牧師になり、反ナチ運動としての平和活動、反戦運動家として声をあげた。
 敗戦後、命からがらホロコーストを免れ収容所から生還したニーメラーは、戦争と迫害の恐怖を詩として公表し、政治に無関心であってはならないと訴えた。

   ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
   私は共産主義者ではなかったから

   社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
   私は社会民主主義者ではなかったから

   彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
   私は労働組合員ではなかったから

   そして、彼らが私を攻撃したとき
   私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

 今この詩が、自由と民主主義のメッセージとしてアチコチで語られ始めている。大規模なデモンストレーションもいいが、小さくても多種多様な形で声をあげようと。(お)




(1月12日)

 今乗ってるマイカーは、すでに13年目を向かえ、もうすぐ車検がやってくる。
 14年目からは自動車税が一割増しとなる事は皆さんご存知でしょうか?
 なんでやねん!  私は知りませんでした。
 今の車は13年の年月ではエンジンや足回りもまったく問題なくまだまだ調子よく走れる。なぜ税金が上がるのか解らない。
 エコカ−の普及やCO2の減少を早急に実現するためか?
 4月には消費税も上がるし、高価な買い物は今のうちかとカタログ見る。
 フルオート・エアコン、キーレス・エントリー、バック・モニター・・・
 いたれりつくせりというのか、そんなものいらないからもっと安くして欲しい・・ のが実感。
 そんな機能はいらないからもっとシンプルで使いやすい車が欲しい。
 メーカーの作る車に無理やり乗らせられる様な気がしてならない。(良)





(12月16日)

 寒い季節、おでんや鍋が食卓に登場する機会が増えているが、子どもの頃の私は、食べ物の好き嫌いが激しく、おでんも鍋も大嫌い、学校の給食も殆んど食べられず、毎日たくさん残していた。
 しかし何十年の時を経て、いつの間にか味覚が変わり、好き嫌いはほぼなくなった。大嫌いだった野菜の煮物もおでんも鍋も、美味しくいただけるし、何よりほっこりとした温かさと懐かしさに幸せを感じる。
 同じく、嫌いだった味噌汁だが、その味噌を今では何と手作りしている。今年は大根寿司作りにも挑戦した。若い時は絶対にしたくないと思っていたことばかりだ。
 この心境の変化を不思議がっていたら、ある人からこんなことを言われた。
 それは40〜50代以降、漬物や味噌作りに適する常在菌が、手の平に多く存在するようになるのだと。若い人にはそれは極めて少ないとか…。だから年齢が進んで、梅干しや漬物、味噌などを作りたくなるのは、自然の摂理に適っているのだと。
 その後、それが本当なのか、きちんと調べたことはないが、妙に納得したので、今もその説を受け入れている。
 その他、塩麹や醤油麹も簡単に作れ、料理に使うと素材がおいしくなり、味に丸みや深みが増すので、私の台所には欠かせない。(な)




(11月12日)

 ”オールナイト日本”、”パックインミュージック”などの深夜放送は、40数年前に青春時代をおくった世代には「必聴」のラジオ番組だった。受験勉強などと称して夜更かしをしないと、学友に後れを取るように思いこんでいたような気がする。
 60を過ぎた今になって、再び、NHKの”ラジオ深夜便”が「必聴」になった。早寝早起きが習性となり、午前3時か4時には目が覚めてラジオのスイッチに手が伸びる。中でも、今ハマッているのが4時過ぎから始まる「明日へのことば」。その道で、その人らしく生き生きと活動している方へのインタビューだ。そんな人の生き様に触れ、世の中まだまだ捨てたものではないと安心しながら、又、ウトウトする。
 当法人が11月9日に開催した講演会で東大教授の大滝雅之さんは、「1千兆円もの借金を抱え増税はやむを得ないが、炭素税などで国債減債基金等に当てるべき」と指摘し、この時期にオリンピックやリニア新幹線に膨大な資金を投入しようというのは「今さえ良ければという思考で無責任」だと憤る。議論もしない政治家は論外だが、それなりに良い時代を生きた私たち世代の責任が問われているようで、目が覚める思いだ。ウトウトしてはいられない。(ヤブ)




(10月12日)

              原発を考える

 原発問題、原発事故から学ぶものは何なのか。
 3・11原発事故、問題意識を持つ国民が多くいたはずだが時間がたった今、雲行きが怪しくなってきた。
 安倍総理は、「福島原発事故は完全にコントロールされている」とまで言い切った。
 これには誰もが疑い、そんなわけないでしょうと思ったはず。
 3月セミナーで「原発に頼らない社会へ」と題した田中 優 未来バンク理事長の提起を思い出す。
 「電気の無い生活は考えられないが海が汚染されたら魚が食べれない、魚が売れない事がもっと大変だ」と言った珠洲原発反対集会に参加していた亡き義母の言葉を思い出す。
 私たちの生活に密着して約500万台が日本中に設置されている自動販売機は、原発数基分の電力を消費する。又、24時間電力消費のコンビニがいたる所で営業している。
 「何が必要で、何が大事なのか」を考える素材の一つかもしれない。
 「脱原発」はわかっちゃいるけどどうすればいい?
 便利さゆえのライフスタイル見直しは出来るのか。誰もが抱えるジレンマで終わるのか。
 反対する素直な考えと行動のエネルギーがどこにも、誰もが無くした感がある今、原発問題を自分自身の問題として、もう一度考え、行動を起こす時だと改めて思う。(大)




(9月5日)

               一知半解

 麻生副総理が憲法改正論議について「ナチスの手口を学んだらどうか」と発言し、内外の激しい反発に驚いてこの発言を撤回した。「ワイマール憲法の元でヒトラーは選ばれた。ワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間に」「喧噪のなかでの論議ではなく、静かにやろう」と言うのが本人の主訴のようだ。
 そもそもこの事件、1933年ヒトラーが全権掌握してからというもの、「国会放火事件」を理由とした緊急大統領令による非常事態宣言、他党への大弾圧、選挙そして「全権委任法」による憲法の実質改憲というプロセスは、歴史的に静かどころかドタバタそのものだった訳だ。
 正確に言うならば「議院運営規則改正で3分の2の壁を低くして全権委任法を通し、ワイマール憲法を無力化した」と言うべきだろう。
 もっとも同じようなことは「96条の先行改憲」の動きや、集団的自衛権の解禁に、まずは法制局長官を変えよう、などと迂回路をとって裏口からにじり寄る姿が垣間見える。
 「ヒトラーの手口に学ぼう」はまさにホンネだ、と思うのは小生だけだろうか。(小)




(8月3日)

             一票の行方と重み

 参議院選挙が終わった。
 原発、憲法、TPP等割合テーマの明確な選挙だと思われたが結果ははっきり出た。
 その中で東京選挙区で「山本 太郎」が当選した。すばらしい。
 選挙中は「Twiter」等で注目していたが、ネットを介した支援の輪は「反原発」という明解なテーマの元、様々な人々が自由に参加、支援が行われ新しい選挙戦の形を示したと思う。
 山本氏と共に戦う形で比例代表に立候補した三宅洋平氏(緑の党)も17万票以上の票を獲得した。社民党で当選した又市 征治氏の15.6万票を上回る票を獲得し、当然当選かと思った。
 しかし、比例区はそんな単純ではなかった。
 「ドント式」?
 比例区は候補者と共に政党名の投票が可能で、その票も追加した形で票数と政党内の順位が決まるのである。・・・・・
 政党に所属しそれなりの名のある政党に所属しない限り当選は不可能なのだ。
 政党政治?なんでやねん。
 当選させたい党より、当選させたい人はだめなのか。
 そう言えば自民党の得票率も35%しかないのに議員は過半数に近いし。
 そのうえ投票率は52%?
 国民の総意?
 選挙制度そのものが何かおかしい。(安)




(7月1日)

           「OG会…人生の先輩たち」

 先月、以前の仕事のOB会に参加した。正確に言うとOBではなく、OG。女性ばかりのお食事会だ。メンバーは約30人で、80代から50代まで。全く知らない方から、お名前だけ知っていた方、そしてお世話になった方まで幅広い。そして毎回、先輩たちの数々のお話の中に、感じること、思うことが多々ある。
 60才を過ぎてから写真を始め、20年近く発表を続け、数々の賞を受けている方の、写真への取りくみ方やものの見方…。毎年のように海外からの留学生をホームステイさせている方のお話…。親御さんやお連れ合いの介護について…。そして、最近の世の中への苦言など…。長い人生を歩んで来た中での、たくさんの経験。特に老いを迎えてからの苦労やさまざまな思いに、共感したり励まされたり、何より教えてもらうことがたくさんある。
 私が新人の頃、バリバリ活躍していた先輩たち、時には少し怖く、近寄り難かった先輩たちが、今も年齢に似合わないハツラツとした感じはあるものの、それでも白髪が増え、肌のハリをなくし、脂が抜けた感じの老いを見せ…、それでも明るく元気に、そして時に静かにそれぞれの人生と人生観を語る…。
 したいことがあれば、その思いを大切に…、できる時にできることを思う存分したらいい…、遊びでも苦労でも、経験はいつ役に立つかわからない…、お金は持って死ねるわけではないからね…、一人の時間も大切に…、そしていろんなものに向き合うの…。かつても今も、みんな一生懸命に生きている。
 こうした機会に、先輩たちを通して、人生を俯瞰で見る。これは一生のはかなさを感じることであり、自分に残されている時間を意識することでもある。私はこれからどんなふうに生きていきたいのか…。
 先月のOG会は、最近亡くなられた方の黙とうから始まった。消息の分からない方、療養中の方を案じながらも、でも無用な詮索はやめましょう…、よほど親しくない限り、お見舞いもやめたらいい、みんな年をとるのよ…、そんな言葉もあった。
 メンバー約30人のうち、今年の参加者は8人。私はただ一人の50代で最年少。年々参加者は少なくなっているが、人数には関係なく、とても楽しく充実した時間だった。最後に参加者みんなで「OG会は続けられる限り、続けましょう。そしてまた来年会いましょう。それまで元気でね…」そんな約束をして、散会した。(な)




(6月1日)

              原発にかわるもの

 当法人が3月24日に開催した講演会、「原発に頼らない社会へ」で未来バンク事業組合の田中優理事長は、風力より効率・稼働率ともに優れている小型水力発電の活用を強調した。
 そのマイクロ水力発電所が、金沢近郊の野々市市役所から約700bの下林地区で農業用水(富樫用水林口川)の落差(1b・川幅90p)を活用し、平成22年から運転している。発電出力は最大1.5KWで、電力は隣接する遊歩道の街灯に使われている。
 開発者である石川県立大学の瀧本祐士准教授の発想の原点は、大正時代に富山県砺波市で考案された「螺旋型水車」。構造は、シャフトに螺旋状の鉄製の羽根を取り付け、シャフトと平行して水を流すため落差が少なくても高効率なこと。この水車は大正から昭和にかけ、農作業の動力源として全国に2万台も普及した。
 瀧本准教授の調査では、手取川扇状地に存在する落差工は620カ所あり、非灌漑期でも6000KW(一般家庭の使用電力換算で2000所帯分)、灌漑期では15000KWの包蔵水力が確認されている。
 大正時代に考案された螺旋型水車が原発にとって代わる・・・。それは既にロマンから現実のものとなりつつある。(ヤブ)




(5月7日)

 5月に入り、ゴールデンウィークに突入した。この季節になると春の訪れを実感でき、冬の間、雪に覆われていた大地が新緑に変わる様は生命力の力強さを感じる。
 一仕事してはお茶を飲み、また一仕事、休み休みの仕事でも暖かな春の日差しと心地よい風を受けの畑仕事は気分が爽快である。
 発足して1年余りが経過したNPO法人「未来塾・大人の学び」は「何が真実か、次代に向けた考察を」が原点である。
 「政権交代が何故うまくいかないか」「市民メディアを取り戻そう―巨大メディアの病」「不愉快な現実―中国の大国化」などなど、多くの会員の支援の中で時節の真実を追い求め、6回を超えるセミナーを開催できた。
 NPO法人「大人の学び」の2年目、一つ一つの事を背伸びせず、ゆとりを持ちお茶を飲みながら、新しい時代への真実をキッチリと・・・・と思う。(大)




(3月31日)

 ようやく桜の便りが聞こえて「春だなぁ」とウキウキしだすこの時期、くしゃみが出て止まらない、時には虚ろな気分になる。そう「花粉症」なんです。
 当初は傍らで苦しんでいる人をみて「どうしてそうなるの?」の感覚だったが、数年前から自分もその仲間入り。症状のひどい人に言わすと「もう1年中よ。マスクは必需品、メガネもね」で、花粉症グッズを準備しつつ、治療方法も抗アレルギー薬の内服、ステロイド剤、舌下免疫療法さらに足裏反射療法とかいろいろあるらしく、でも副作用を気にしながら即効薬を求めている。
 生物学博士の福岡伸一さんは激しい花粉症だと告白している。「花粉ってそんなに激しく戦わなくてもいい程度の敵なんだけど、きれいになりすぎた今日、体が過剰に反応する」「抗ヒスタミンは一時的には効くが、飲み続けると自らの体をますます花粉に過敏な体質にしてしまう」と解説する。
 要は「飲むな、飲まないに越したことない」と中村仁一さんと同じことを言っている。
 医療科学が進んでくると、すぐ「そのメカニズムは?」とか「遮断する方法は」と機械論的に分析・問いただし解決策を探ろうとする。まだまだ生体についてはわからないことが多い。「うまく付き合う」それがちょうどいいのかもしれない。(小)




(3月1日)

 「手前味噌」なる、自家製味噌を作り始めて、3年目になる。いずれも味噌作り教室に参加して、教えてもらいながらだが。寒の時期に、柔らかく煮て潰した大豆に麹と塩を混ぜ合わせて仕込み、熟成期間は6ヶ月〜1年。梅雨明けの「天地返し」をするまでは蓋は開けずに冷暗所に保管。9月下旬〜10月まで気長に待つと、熟成され、美味しい味噌になる。発酵という、麹の不思議な力、微生物の超能力(?)を実感することになる。
 保存料や防かび剤、化学調味料等、添加物の入らない味噌だという安心感の他、手作りの楽しさもあり、2月の声を聞くと、今年もそろそろ・・・と準備を始める。大豆はやっぱり国産だよね?とか、どこそこの麹屋さんの麹がいいらしいとか、美味しいと評判の塩をさがすとか、仲間と情報交換しながら、進めていく。基本的な作り方はわかったので、自分一人でできないこともないが、何人かで集まって作ると、それぞれの作り方やさまざまな工夫が発見できて、また面白い。今年は例年とは違うグループに入れてもらい、仕込んだ味噌種の上に塩を多めに撒く塩蓋ではなく、板昆布を置き、さらに笹の葉を乗せるという方法を知った。なるほど、笹の葉の殺菌効果で、かびを防ぐのか。備長炭を入れてもいいかも知れない。
 たかが味噌作り、されど味噌作り。今も、先人の知恵が脈々と受け継がれて行く。そして、その中に自分もわずかながら参加している喜び。「未来塾・大人の学び」での活動も楽しく、意義があるが、こんな生活に根ざした、ささやかな楽しみもまた、大切にしたい。(な)




(2月5日)

 1月17日から開催したペシャワール会の「現地写真展示会人・水・命」に、受付として参加した。
 会場の石川県庁19階の広々とした展望ロビーには親子連れが目立ち、そこでは子ども達の「運動会」が叫び声とともに繰り広げられた。展示物を鑑賞する方のじゃまになるのでは・・・、怪我をするとまずいな・・・と思いつつ、注意すべきか迷うことしきり。
 不思議なのは、注意する親がほとんどいないこと。雪国では、安全に走り回る場所はこんな所しかないのかと思いながらも、小声で「危ないよ」と言うのが精一杯。
 展示物のパネルには、元気良く明るい笑顔を見せる現地の子ども達が写り、その周りではしゃぎ回る子ども達。パネルの内と外のどちらが幸せなどと言うつもりはないが、子どもの笑顔は世界中同じという思いと、これで良いのかと言う思いが交錯した次第。(ヤブ)




(1月5日)

 2013年、新しい年、NPO法人「未来塾・大人の学び」は、おかげさまで2年目を迎えた。多くの皆さん方のご支援に感謝します。
 真実は何かを追い求め、新しい発見・新しい気付きから行動する大切さを感じる「未来塾・大人の学び」でありたいと心から願っている。
 現在会員は170余名を超え、5回の講演会の開催、述べ参加者は355余名と多くの方々の参加を頂いた。又、HPの開示も述べ1,350人を越えている。
 今、全国各地で様々な「学びの場」が存在している。
そんな中での共通の悩みは、カタい内容を一方的に提供しても参加してもらえない。
シリアスなテーマを、楽しくフラットな形で「学びの場」を提供出来るかがポイントだと言う。
 NPO法人「未来塾・大人の学び」の活動の源泉は、この一年間を支えて頂いた会員皆さん方と講演会に参加して頂いた皆さん方である。
皆さん方の夢を大事にしながら、受験や就職のための勉強を卒業した今だからこそ夫々の方が、小さく大きな夢を胸に「楽しめる場」として「未来塾・大人の学び」へのご支援とご参加を心からお願いします。新しい年の活動へ踏み出す決意とする。(大形)




(12月15日)

 この数ヶ月ボランティアメンバーの皆さんと、がむしゃらにやってきた。いつも一人でも多くの方に参加いただきたい、との一念でチラシの作成、配布それも今回は新聞折込でとか、あるいは大学に持ち込んで若い人を呼び込もうとか、知恵を出し工夫を凝らしながらの取り組みだった。ところがその一直線は周りのことにまで視野が行き届いていなかった。▼HPの講演会の案内に対しある女性から「託児はあるー?」の一通のメールだった。乳児や子供連れの参加者について実は「想定外」だったのだ。確かに会合や音楽会では乳児や子供を預かる場を見たことがある。また最近の新しいホールは「親子の個室」が用意されていて、一緒に音楽を楽しめるところもある。件の女性、そのメールの後に括弧付けで「ないとは思いますが念のため。。。」に思わず救われた気分と、どう返信しようか困惑してしまった。▼まだある。講演会に参加された人から「いい話だった。是非知人に聞かせたいのでテープをダビングしてほしい」との話だ。確かに講演録を作るために録画しているのは事実だが、他者への貸与とか譲るってことはこれも「想定外」だった。言い訳になるが耳の不自由な方もいらっしゃるし手話のできる方をどう準備するか考えなきゃ、と思っていた矢先だった▼「市民」というが健常者しか目に入っていなかったこと、当然想定すべきことがすっぽり欠けていたことに、反省しきりだ。(小)




(11月25日)

 母親が特別養護老人ホームで三年間お世話になっている。入所前の自宅介護における本人・家族それぞれの立場におけるもどかしさや共倒れになりかねない悲愴な現実を思い返せば、やや自信を失っている自らの健康状態と合わせ見て今日の社会福祉制度に関し感謝に堪えないところである。 一方では、介護士をはじめとするスタッフの皆さんの献身的な、かつプロとしての安心して委ねられる介護の実態をみるにつけ、仕事の内容に応じた相応しい労働条件が担保されているかどうか他人事でない懸念が頭から離れない。

 「社会保障と税の一体改革」を掲げた野田政権が削減できる歳出をカットする前に「消費税値上げ」のみを決めただけで衆議院を解散した。内政や外交に多くの重要課題が山積するこの時期に一カ月の政治空白が生じることになり、一刻も早く国民生活にかかわる経済対策をとるべきなのに景気後退を受けた補正予算も含めた予算編成作業も一カ月ストップすることになる。

 それにしても党首会談において「一票の格差是正のための選挙制度改革関連法」や「公債発行特例法」について半年もかけて議論しても決まらなかったものが鶴の一声で決まったのを見るにつけ、「何だ、その気になれば出来るじゃないか」と改めて多くの人がこの国の政治、政党、政治家のふがいなさ、無責任さを実感したと思う。

 来る衆議院議員選挙では14の政党がまさに群雄割拠し我々有権者は難しい判断をしなければならない。大切なのは「口先だけか、本当に実現出来るのか、嘘はないか」を見極め、P・D・C・Aを確実に実行し有権者に誠実に報告できるかどうかである。
認知症が進み手術が不可能な母を支えて下さる人々への思いも込めて後悔しない選択をしたい。(文)




(11月 5日)

 特別のポリシーを持つわけではなく、どちらかと言えば、ミーハー精神旺盛な私が、なぜか「未来塾・大人の学び」に関わって数か月。先日はペシャワール会事務局長の福元満治氏の講演会だった。実は、実は・・「ペシャワール会?、パキスタン、アフガニスタン、イスラム教の地?・・何だかすごく遠い話で、とっつきにくい。自分が関わっているものでなければ、聞きに行くことはまずないな・・・」なんて気持ちで始まった講演会。

 ところが、落ち着いた福元さんの語り口、実際に現地で活動されて来た人にしかない、ことばの重み・・・何と約2時間、全く飽きることなく、集中して聞くことができた。ほとんど知らなかったアフガニスタンの歴史や文化、そしてその現実。わずかにわかっていたつもりのことは、実は偏見だった。

 印象に残ったのは「自分たちの尺度で計らず、現地の人々の立場に立ち、現地の文化や価値観を尊重することが大切。先進国の上から目線は邪魔でしかない。」、「みんなの行くところに行く必要はない。誰も行かないところにこそ、ニーズがある」、支援に加わる日本の若者たちの中には高校中退者やニートもいるが、8割が任務を全うし、帰って行く。残り2割が脱落するが、それはどちらかと言うと、志高く始めた人たちだとか。「志は高いとこける。志は高くなくとも深く持て」などのことば。

 やはり食わず嫌いはやめ、我(が)を捨て、とにかく広く耳を傾けることが大切だと思った一日だった。(な)




(10月15日)
             野菜草花に教えられ

 家庭菜園の隣にコスモスが今を盛りと500本位咲き誇っている。4年前 夢の平公園(富山県)から失敬してきた種子の孫たちである。
 菜園には秋野菜がこれからの出番を待っている。ダイコン・ハクサイ・キャベツ・カブラ・ネギ・シュンギク・ホウレンソウが主役である。夏の暑さに耐えたナス・ピーマン・ミニトマトも準主役顔でいる。雪下で耐えるイチゴ苗・ タマネギ苗・ラッキョウもいる。ゴボウ・ニンジン・ナガイモ・コイモ・ショウガたちは完熟期にある。
 忘れてならないのは名もなき草花たち(いや立派な名前があるが知らないだけ)だ。むしられても刈られても 顔を出し瞬く間に成長する超大なちからに感服だ。
 野菜 草花たちのこの偉大さは 自然と共にあるからだ。

太陽エネルギー 自然のちからは地球上で最も偉大だ、と菜園に立つ度に教えられる。
 だが 傲慢にもこれに逆らってきたのは人間 ― 乱開発 原発がその象徴だ。 ― 「自然と仲良く共生する」この当たり前のことを再認識したいと思う。

 10.6「大人の学び」オープニング講演会を成功裡に終えることができた。
 市民のみなさまに可愛がられ愛される「場」 ― 新しい自分発見の“場”つくりに励みたい。
 自然と共にある「野菜草花」のように秘められた多くの人たちの心根に依拠しながら。
 「半農 半ボランティア」で。(西)




(9月25日)
 ある新聞のコラムで「戦争絶滅受合法」が紹介されていた。20世紀の初めにデンマークの陸軍大将が起草した法案で、戦争の開始から10時間以内に敵の砲火が飛ぶ最前線に国家元首、国務大臣、各省次官、戦争に反対しなかった国会議員等を一兵卒として送りこむ。妻や娘は従軍看護師として野戦病院で働く−というものだ。
 今流にいえば、「原発絶滅受合法」か。原発事故の際、「安全神話」を吹聴してきた政党幹部や国会議員、原子力村の住人、電力会社の社長や幹部を真っ先に汚染された現場の修復作業に投入する。その家族はプレハブ造りの仮設住宅に住むことを義務付ける・・。
 劇場型政治を演出し格差社会を先導した元総理、尖閣諸島の購入をはやしたて日中関係を「憎悪と敵意」の関係に引きずり込んだ知事、坂本竜馬にあやかってか何とか八策や維新等とアドバルーンを打ち上げる市長。これらの共通点は、ありもしない「敵」を叩き、市場原理と小さな政府を信奉し、福祉削減と自己責任でマスコミ受けを狙うことか。
 今こそ、「無責任政治家絶滅受合法」が必要ではないか。
 未来塾・大人の学びの第一回講座が10月6日からスタートする。学びの中から真実を見極める力をつけよう。考え続ける中にしか真実はないのだから。
 自らの内なる「無責任」をも絶滅するためにも。(大藪)



(9月4日)
 多くの会員の皆さんのご協力を頂きながら、NPO法人の登記そして事務所を開設し、スタートできた事にホッとしている。
 ここまでは順調に準備を進めてこれたものの、これからが正念場だ。講演会の企画、準備、呼びかけ。そして一人でも多くの方々に「未来塾・大人の学び」に参加してもらい、何かを感じていただかなければならない。
 今、価値観の多様化、少子・高齢化に伴う福祉社会の不透明感、東日本震災や原発事故で避難している人たちに関心を示さない党利党略の永田町政治など言いたい事が山ほどある。流動的で日々急激に変化をしている現状に、何もしないより、無関心でいるより、何かを知る、体を動かす大切さを感じてもらえる、「未来塾・大人の学び」でありたい、と心から思っている。
 自分の価値観から外れたもの、これまでに触れてこなかったもの、自分とは違う世界を知り、自分と違う考えの学びは、新しい発見・新しい気付きのチャンスだと思う。
 皆さんもあなたも、「いつもと同じは楽」だけど、もっと違うものもっと新しいものに関心を持ってみませんか?(粂)



(8月15日)
 ようやく活動の緒についた。発端は昨年の「3.11」だった。あの大震災の惨禍は衝撃的で人々は目を覆った。だがそこから多くのことが見えてきた。一つは被害地域の行政機能のマヒだった。中央官庁の縦割り行政は地域の復旧・復興に役に立たず、相当期間その任務を果たせなかった。制度が病巣だった。もう一つは原発事故に係る全電源喪失という想像力の完全なる欠如だ。このような病理は旧いシステムにどっぷりと浸かり、新しい物を創り出す構想力すらなかった。まさに「ゆで蛙」(※)状態だ。
 この事態に一人ひとりが意思表示をすることは主権者たる国民として当然のことだ。「自分の暮らしと社会のあり方を、自分の頭と言葉でもう一度考えてみよう」これがこのNPOの原点だ。(小)
 (※)「ゆで蛙」‥‥熱湯に蛙を入れれば飛び上がるが、水に入れ徐々に温めていけばそのうちに茹で上がる。リスクや対立を恐れ先送りし、そのうちに倒壊することの例え。